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    自由の女神の足の裏

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    砂漠に眠る一等星

    突然ですが、皆さん競馬はお好きですか?
    僕はそのギャンブル性もさることながら、
    ドラマ性に魅せられて早20数年です。

    本日、地方川崎競馬場で伝統の川崎記念が行なわれます。

    「川崎記念」は前身のレースから数えると50年を超える伝統あるレース。
    その長い歴史の中で、連覇した馬は何頭かいますが、牝馬で連覇したのは一頭だけ。

    1993年の中央のG1「エリザベス女王杯」で一番人気のベガをくだし、
    アナウンサーに「ベガはベガでもホクトベガ」という名言を残させた
    ホクトベガという馬。ご存じの方も多いでしょう。

    ホクトベガ

    ホクトベガはそのG1制覇の二年後、地方と中央の交流レースの一つ、
    川崎競馬場の「エンプレス杯」というレースに出走します。
    大雨でぬかるんだダートコースの中、2着を18馬身離す圧勝劇を演じました。

    その後、芝のレースで結果が伴わず「ダートの方がいいのでは」という陣営の選択で、
    「川崎記念」に出走しました。
    結果は強豪揃いの牡馬達をまったく寄せ付けず、5馬身差の圧勝!

    けっきょくホクトベガは翌年も「川崎記念」を勝ち、このレースを連覇。
    しかも他にも数々の交流レースを勝ちまくり、交流レースを10連勝という
    大記録を作ったのでした。

    その後、彼女を待っていたのは世界への挑戦でした。
    砂漠の競馬大国UAEドバイで行なわれるドバイワールドカップに招待されたのです。
    ホクトベガはこのレース後、引退して繁殖牝馬になる予定でした。

    1997年4月3日、ドバイワールドカップ。
    彼女はそのレース中、第4コーナーでまさかの転倒。
    当時、深夜のラジオ短波の中継に耳をかたむけていた僕は絶句しました。

    ホクトベガは複雑骨折。そのまま砂漠の国で死んでしまいました。

    ホクトベガ記事

    彼女は検疫の関係で日本に帰って来ることなく、今でも砂漠の国で眠っています。

    今までもこのような悲しい事故を幾度となく見てきました。
    競馬なんて人間のエゴ。サラブレッドは人間が作った経済動物。
    いろんな意見・考えがあります。

    今この場でその点を論じるのは控えましょう。

    本日の「川崎記念」どの馬が勝つかわかりませんが、
    全馬無事にゴールしてほしいものですね。
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    | 競馬 | 17:03 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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